ミニチュアで辿るルノーの高級車の60年・・・6「ルノー サフラン」

ルノーの日本未導入という不遇な時が約2年続きましたが
それを救ったのは、あの「ヤナセ」でした。
とはいっても、「フランスモーターズ」という別会社をつくり、ヤナセの本拠「芝」
をはじめ、町田や駒沢、練馬などで小規模な店舗ながら、再出発をしました。
自宅に程近い駒沢の店舗には行ったことがありましたが、ヤナセの中古車
センターを改良したもので、246からずいぶん中に入った住宅街の一角に
お店がありました。今はマンションが建っていて当時の面影は微塵もありません。

さて、そんなブランクの間に本国で「ルノー25」の後継モデルにあたる「サフラン」
が発売となりました。
数字のネーミングに終わりをつげ、「トゥインゴ」「クリオ」に続く「サフラン」
「ルノー25」の次は「ルノー27」か・・・それとも「ルノー35」か・・・
なんていろいろ想像してたりしました(笑)
それにしても、拍子抜けするネーミング。クルマの内容は、「ルノー25」を大型化
洗練させ、いっそう高級に、しかもさらなる電子装備の充実、そして、BMWの
チューナーで有名な「ハルトゲ」の力を借り四駆+ツインターボのハイパフォーマンス
モデル「サフラン・ビターボ」を登場させるなど話題も豊富でした。
日本には、シトロエンXMやプジョー605と同じV6エンジン搭載モデルが導入。
もちろん、あの豪華装備の「バカラ」もラインアップ。
「ルノー25」の最後期にあった他方向電動ランバーサポートや電制サス、リヤ
パワーシート、DSP内臓のオーディオなど国産高級車顔負けの豪華装備の
オンパレードでした。
しかしながら、高級車で5ドアハッチバックというコンセプトは、日本では受け入れ
られず、敢え無く前期モデルで輸入は終了。
(シトロエンXMはそこそこ売れたのに・・・)

マイナーチェンジ後のモデルは導入されませんでした。ただ、導入するべくサンプル
輸入はされていたようで、芝にあったヤナセの系列会社の社長が、シャンパン色の
「イニシアル」に乗っていたのを、あの界隈でよく見かけました。
「バカラ」のネーミングはこのマイナーチェンジ後に消滅、「イニシアル」「イニシアル・パリ」
という新たなフラッグシップグレードが登場、後の「ラグナ」や「クリオ」にも採用されました。
このマイナーチェンジモデルは、ボルボ製とも言われる直列5気筒2.5リッターエンジン
という、珍しいものでした。
日本におけるルノーの高級車は、「サフラン」の在庫がはけた97年を最後に終わってしまい
ました。(正規輸入での)

本国では、次なる高級車が・・・

次は、2代目「メガーヌ」や「アバンタイム」の彫刻系デザインの集大成ともいえるあのクルマ

ルノー横浜青葉ブログへ続きます。


ミニチュアで辿るルノーの高級車の60年・・・4「ルノー 30」

ながきにわたってその合理性と快適性が愛されたルノー16。
少ないながらも、日本においても、いまだにファンが大事に乗っていらっしゃる
ようで、各種イベントなどで、その姿を見かけます。
さて、そんなルノー16にとって代わるニューモデルが1975年に登場。
実は、このルノー30が出ても、まだしばらくルノー16は生産され続けて
いたのですが、このルノー30は16の後継というより、その上のクラスとして
大型実用車の究極を目指した?のでしょうかね。
俗に言う「PRV」のV6エンジンを搭載、分厚い豪華なレザーシートにしょぼい
デザインのインパネがなんともミスマッチながら、ああ、やっぱり、大型実用車
なんだと妙に納得させられてしまうんです。
実際、少し遅れて登場する「ルノー20」こそが16の正統な後継モデルだったの
かもしれません。
この「ルノー30」、私は、リアルに見たことがありました。その昔、カーグラ誌で
ボルボ264やプジョー604V6・SL とともに比較テストされたその一台。
最初はシルバーだったのですが、後にオーナーさんが紺メタにオールペン。
学生時代、富ヶ谷のキャピタル企業に入庫しているのを数回見てました。
紺色に茶色のブロンズガラス、ブラックレザーシートのなんともシックな色の組合せ。
リヤゲートには誇らしげに「V6」のエンブレム。フロント周りは、丸目4灯の黄色の
ヘッドランプ。視覚的には、当時のパサートやアウディバリアントのようにも見え
西独車っぽい雰囲気でした。
その後、富ヶ谷近辺のANNEXという中古車屋に並び、その後の行方は・・・
そんな思い出があった「ルノー30」の紺色を見つけたので、思わず買ってしまった
わけなんです(笑)
「ルノー30」も後に、インパネにを少し色気を出したり(それでも素っ気無かった)
シートがより豪華になったりと、見た目実用車でも中身は高級車・・・感を強めて
いきました。
しかしながら、さすがに、高級車で5ドアにはそろそろ無理が・・・
でも、ルノーは着々と次なる一手を開発していました。
次は、あっと驚く装備と、フランスらしいのエレガンスが込められた、ルノー初とも
いえる、真の高級車の登場です。
ルノー横浜青葉のブログをご期待下さい。


ミニチュアで辿るルノーの高級車の60年・・・2「ルノー ランブラー」

今年の3月に、ルノー横浜青葉のブログで紹介したので
重複した内容になってしまいますが、再度紹介致します。
ルノー純正グッズでもラインナップされている、れっきとした
ルノーのラインナップモデルです。
1960年に生産終了した「フレガト」の後継モデル?として
ルノーのフラッグシップの座についたクルマです。
あれ・・・おかしい?ルノーっぽくない。
そうです、ルノーらしい合理的なデザインが皆無なこのクルマ
実は、アメリカンモーターカンパニー(AMC)の「ランブラー
クラシック」というモデルをベルギーでノックダウン生産して
ルノーバッジを付けただけのモデルだからなんです。
AMCは後に、日本でも大ヒットした「ジープチェロキー」を生んだ
メーカーなんです。
クライスラーブランドのイメージが強いかと思いますが、80年代
中盤頃までは日本でも「AMC」ブランドとしてジープCJシリーズや
チェロキー、イーグルなどを三田にあった「近鉄芝浦自動車整備」
によって輸入販売してました。懐かしいですね。
話は大きくそれましたが、そこまでして、実用車メーカーである
ルノーが高級車を持ちかかった訳は全くわかりません。
この頃のフランスでは、高級車といえば「シトロエンDS」が幅をき
かせていた時代。ランブラーをもってしても到底太刀打ちできない
状況だったようです。その後、アルゼンチンのルノーの子会社が
ランブラーモデルを生産してました。
やがて静かに生産終了後、次なる上級モデルへの模索が始まるも
ルノー16がその後を継ぐことに・・・

つづきはルノー横浜青葉で・・・