meika

皆様ごきげんよう。寒い日が続いておりますがお元気にお過ごしでしょうか。二連続で続いた週末の雪日も先週末は晴れ晴れでしたね。2月も今週で終わり、今週末から3月です・・・・早っ^^;。


さて、『三重県のお菓子と言えば?』と県外の方に聞くと、伊勢名物『赤福』と言う方が多いです。たしかに有名どころなのですが、忍者で有名な伊賀には、日本一硬いとされている、、、

かた焼なるお菓子があります(^^)。このせんべい、その名の通り、ちょー硬くてリスキツツキ意外、忍者をもってしても食べられません(*´∀`)。あまりに硬いので、付属で木槌が付いているのもあり、木槌で叩き割って細かくしてから食べるっていう、類まれな煎餅なのです(^^)。    で、

四日市の銘菓といいますと、“永餅”であります(^^)。昔はその長さゆえに“牛の舌餅”などともよばれていたそうです。

この笹井屋さんは、永餅発祥お店で、なんと戦国時代創業(1550年)のちょー老舗です。元々は日(四日市市日永)にあり、その地名から取ってなが餅になったそうな。現在は四日市市北町と、三ツ谷町に有ります(^^)。

この永餅、四日市市内にもう一店舗、こちらは本町にある太白永餅(たいはくながもち)の金城軒さん。こちらの創業は1868年だそうです(^^)。  で、

今回、桑名柏屋さんの安永餅(やすながもち)を加えて、第一回(二回目は無いかも;;;)永餅合戦(*´艸`*)!(゚д゚)ウマー

左から桑名銘菓『安永餅』、四日市銘菓『太白永餅』、同じく四日市銘菓『なが餅』です。よくこんがらがる方がお見えです(^^)。

包装紙を外すとこんな感じ。安永餅が少しポップでしょうかね(^o^)。太白永餅は如何にもって感じ。なが餅は木箱をイメージでしょうか。

箱を開けるとこんな感じ。安永餅が急に重々しくなりました(^^)。太白永餅は箱に仕切りが付いてます。なが餅は発泡スチロールが敷かれて区分けされています。

能書き拝見(^^)!まず安永餅。包装とは打って変わって由緒ある感じ。

ふむふむ。

太白永餅。短冊型でちょっと軽い感じ。

ふむふむ。

なが餅。さすが元祖なが餅、歌川広重の東海道五十三次挿絵付き。

ふむふむ。

和菓子に付いてくる能書きが結構楽しいのは私だけ?(^^)。では餅にいきましょう(*´艸`*)。左から安永餅、太白永餅、なが餅。どれも小袋は透明で、名が書いてあります。安永餅は横書き太白永餅は斜めなが餅は昔の地図の地名書きのような感じ。長さは安永餅が一番長く、なが餅、太白永餅の順。

どれも餡こはつぶあんをすこし砕いた感じ。安永餅、太白永餅は餡こが少し多いようで甘さが引き立ち、逆に、なが餅はスッキリしていて餅が引立てられる感じでしょうか(^^)。

この、ながい焼きもちの中に餡こが入ったお菓子は、四日市の笹井屋さん、金城軒さん、桑名に安永餅が2軒、鈴鹿に立石餅というものもあります。昔の伊勢街道には多くの焼餅屋が軒を連ねていたようで、行き交う多くの旅人に食べられたんでしょうねぇ~当時に思いを馳せながら最後の一つを喰うときます~レンジでチン!して(*´艸`*)。




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Yokkaichikou

皆様ごきげんよう。先週の雪、大丈夫でしたか?って、先週も言うてた様な。。。寒い季節です、体調には十分ご留意下さい。

ノー四日市がある四日市市は三重県最大の町。特に中京工業地帯の中で港を持ってる工業都市としてのイメージが大きいかと思います。さて今回は、ルノー四日市のR.S.用試乗コースでも有ります四日市港を少し見ましょう(^^)。

れ、四日市港に入っていく橋、臨港橋です。橋には一見かわったモノ遮断機がついてます(・・)。

から見ても、何か付いてます(・・)。。。拡大すると。

号機があります(^^)。実はこの左右にある信号機の間を船舶が通れる様になっていて、臨港橋の向かい側には。。。

道専用の可動式橋脚『末広橋脚(国重文)』があります。この臨港橋もこのように上がっちゃいます(^^)。

こが可動し、奥を上にして上がります(^^)。運が良ければ(悪い?)、橋の遮断機にせっかくの試乗を10分ほど邪魔される事になります(^O^)。

四日市港(千歳地区)に入って行きましょう(^^)。

の左手にHONDAの自動車が並んでいます。本田技研鈴鹿工場で生産された自動車は、ここ四日市港(ほとんどは霞ヶ浦埠頭)から船積みされます。

のデカイ物体は、船から穀物を運び出す装置。ちょーデカイです。

岸壁(第三埠頭)から南側を見ると、手前が第二埠頭奥が塩浜地区の昭和四日市石油(シェル)コンビナート群。

三埠頭から東南の方向は第一航路。右には昭和四日市石油(シェル)、奥には石原産業。

側の方向、右手奥に霞ヶ浦地区のLNG関連施設。

歳地区北側のコスモ石油関連群。

三埠頭15号岸壁は只今工事中(^^)。

こから、四日市旧港が見えます。コスモ石油の奥。

さい灯台がありますがそこです。ではそこへ(^^)。

こは、稲葉・高砂地区にある四日市旧港四日市港の始まりであった場所で明治時代、稲葉 三右衛門という偉人によって築港されました。その記念碑がある稲葉翁記念公園。

日市旧港。ここで見られるモノ~奥の石油コンビナート群はコスモ石油~その手前の~よく見てみると(@@)。

に穴が無数に開いています。これ、塩吹き堤防と言って国の重文に指定されています(^O^)/。

、この堤防の向こう側には工場は無く海で、塩吹き堤防と呼ばれるこの堤は、旧四日市港の防波(防砂)堤でした。この公園にはこの珍しい防波堤の原理が分かるジオラマがあります。

の灯台は先ほどの灯台のミニチュア。奥に塩吹き堤防のミニチュアがあります。左手前が旧四日市港のイメージですね(^^)。

の外海に見立てた所から防波堤に大波を当てると(・o・)

防に開けられた穴から水が出てきます(・。・)。

は二重構造になっていて、堤防右側と左側で弱められた波は、左の真ん中の溝に入り、港側の穴にゆっくり排出されます。強い波の力を緩めて防波堤の穴から水が抜けていくといった原理(・o・)。

特殊な防波堤のお陰で、波浪から港内を守り、大波と一緒に砂が港内に入ることが防がれ(港内の水深が保たれる)、四日市港が益々発展していく事になったそうです。

日市市、まだまだ見所がありますがまた次の機会に。日市港めぐりの後はここへ。四日市港霞ヶ浦の北側、四日市市富双にある大遠会館の

の名も『まぐろレストラン』(*´艸`*)。

くて美味しい海鮮丼がドーンと(笑。

師丼880円です(^^)。

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matsusaka

皆様ごきげんよう。週末の雪、大丈夫だったでしょうか。目まぐるしく気温がしますので、体調管理気をつけて行きましょうー!

さて先日、松阪へむかっておりました。来たのはここ(^^)。

この駐車場に車を停め、松阪の方はもうお分かりですかね(^^)。

はい。松坂城跡です!!(^^)。

戦国末期蒲生氏郷によって築かれた城で、城郭の石垣は穴太衆とよばれたプロ石積工に寄るものだそうです。

表門跡。かつては櫓門がたっていました。

およみくだされ(^O^)/

本丸に入る手前には『松阪市民族資料館』があります。

現在、伊勢神宮おかげ参りが始まった頃の資料を展示中。結構良かったですよ(^^)。

ここからが本丸。

鐘ノ櫓跡の石垣に登り。

本丸を囲う城壁の跡の上を(^^)。

歩いて。

鐘ノ櫓跡~中門上まで、なんと本丸の周りをほぼ一周歩けます

きれいに城壁が残ってる証拠なのでしょうね(・∀・)。

本丸、左の石垣は天守台。

天守台には~

古墳の石棺も使われました。奈良の郡山城は石仏でしたよね。。。(^_^;)。

中門を降りると右手に有るのは

隠居丸現在、本居宣長の旧宅がありますが、今回はPass。

裏門を出て。

今回見たかった(^^)、御城番屋敷にきました。

江戸時代、松阪城は紀州徳川の直轄となり、警備を担当された藩士(御城番)とその家族が住んだのがここです。

その一戸は松阪市が借りており、一般公開されております(^^)。

150年前の武士の生活を見ることが出来ます。

庭。

座敷にも上がらせてもらえます。

江戸時代から変わらないであろう景色(╹◡╹)。

松阪城御城番屋敷跡ではないです。現在もその子孫の方が大切に屋敷の維持管理をされていて、長い年月を経た今日も往時のままの姿を残しているのだそうです。

松阪は、もともと松坂と書き、蒲生氏郷が豊臣秀吉の家臣だった頃この地に来て、縁起のいいと、大坂(当時の大阪)のを取って松坂としたそうです。蒲生氏郷は松坂城下の経済発展に力を注ぎそのかいあって、江戸時代になると商人の町として大いに栄えました。その松坂商人屋敷が今も多く残っています。その一つへ~。ちなみにこの向こう右手には豪商三井家発祥の地があります(^^)。

三井家発祥の地の並び有るここ松阪商人の館は、江戸時代の豪商小津清左衛門家を松阪市が譲り受け改築し、当時の豪商の様子が見学できる資料館になっています。しかし豪商ばかりやなぁ(^_^;)。

読んでみてくだされよ(^^)。

ちょー広い!ダイニング?

キッチン?

天窓。

庭。

中庭。

左は内蔵。正面は前蔵。前蔵の横にはかつて大蔵があって、そこからは“万両箱(展示されてます)”が出て来たとか。。。

松坂商人の生活の様子が目で見られる松坂商人の館、中々のものでした(^^)。

また、市営駐車場まで歩きます。途中に。。。(・・)。

豪商長谷川家でありました(^_^;)。

松坂・・・今は大阪と同じく、松阪と書きます。戦国時代~江戸時代の暮らしぶり、身分は高いが質素な武家と豪商の暮らしがわかる松阪散策に一度行かれてみては(^^)。和田金で松阪牛豪食ってのも良いですね~(笑。あっ、私には無理ですヨ(´・ω・`)。




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kumano

皆様ごきげんよう。あっという間に1ヶ月が過ぎ、寒さも際立つ如月になりました。
寒いから着物を重ね着する(着更着=きさらぎ)するところから如月なんだとか。
春の様な気温も今日まで。明日からは冬将軍様がご降臨のようです。
風邪も流行っているようですので、どうか体調には十分注意していきましょう。

先回までの山田フランスの旅編は、楽しんで頂けたでしょうか(^^)。ルノー車を通して
フランスの文化を少しでも触れて頂けると、さらに楽しいルノーライフが送れるかと
思います。
(^o^)ではでは~。



え~、伊勢には、日本人全ての氏神であるとされる神様、天照大御神が祀られていますが、古事記、日本書紀にある日本神話では、その神や国を造った神さま(ややこしいですが、神様の親です)が登場します。そんな“元祖神さん”が、熊野に祀られているらしい。。。。 って事で(^^)。

伊勢道勢和多気JCTから紀勢道へ~

紀勢道のほとんどは、このように対面通行の高速道路。

奥伊勢PAで休憩。中途採用の相棒くん(^o^)でgo。

この日は快晴で空がキレイ!

大紀TB

現在の終点紀伊長島IC。

長島~海山までは国道42号を走り、海山から尾鷲まで紀勢道。

尾鷲北でまたまたR42を走り~

矢ノ川にあがる手前からまた紀勢道。

熊野到着~(^o^)。津から1時間40分でついちゃいました!今はぶつ切れ状態の紀勢道ですが、今年春には勢和多気JCTから尾鷲までいっきに行くことが可能になるようです(・∀・)。



熊野と言えば、鬼ヶ城、獅子岩、七里御浜、熊野古道・・・いろいろ有ります。この時期、暖流に乗ってマグロが穫れるそうで、

食しにきました(´∀`)。

マグロ丼なのですが、ご飯が見えへん・・・。めっちゃ旨い!近海ものはエエですな(^^)。近大ものかも(笑。



で、目的地はここ(^^)。日本最古の聖地なんだそうです。

聖地の前は、お土産物屋横丁になっています(^^)。奥へ進むと。

あっ、賑わってますです(ΦωΦ)。

横丁を抜けると、ここ。花の窟神社に到着。

なになに(@@)。

参道はキレイに整備されています。

結構な賑わいです(ΦωΦ)。

手水場。なにやら意味ありげの丸い石が~。

おお~ここがぁ(・・)!日本最古の聖地。ちょっと分かりづらいのでこの漫画を見てください(^O^)↓
左上→右上→左下→右下っとお読みください。大阪から移住してきたノキタ博士が、標準語を話すという謎も満載です(^O^)/。


http://www.city.kumano.mie.jp/kankou/manga/manga.html


ちょっと遠慮しながら(p_-)。向かって奥が、神様の母『伊弉冊尊=イザナミノミコト』。右手前が火の神『軻遇突智尊=カグツチノミコト』。

この岩がご神体。太古の昔から崇め祀られているそうです(╹◡╹)。

熊野。以前までは、かるく3時間半かかっていた所が今では2時間で行けるようになりました。大花火大会だけが熊野ではありません。紀州熊野、花の窟で元祖神さんに触れられてみては~マグロも旨いっす(^O^)b。




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